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サラダコスモトップ > サラダコスモの気持ち > アルゼンチンで農場経営 > 2008年04月01日

アルゼンチンで農場経営 もっと見る

  サッカーボールと丸い地平線  
アルゼンチンって?

Argentine Republic 面積
278万平方キロメートル(我が国の約7.5倍)
人口 3,910万人(2006年世銀)
首都 ブエノスアイレス(Buenos Aires)
民族 欧州系(スペイン、イタリア)97%、インディヘナ系3%
言語 スペイン語
宗教 カトリック
通貨 ペソ
経済成長率 -10.9%(2002年)、8.8%(2003年)、9.0%(2004年)、9.2%(2005年)、8.5% (2006年)
農用地面積 17700万ha 国土面積の64%
食料自給率 93%
穀物自給率 約250%(2000年)
大豆の生産 34,800(千t) 世界生産量189,213(千t) シェア18.4%
総輸出額の4割を占めるのが農産物


入社4年目 岐阜・中津川蒸留蔵  長谷川 隆之   
潟Mアリンクス・アルゼンチン農場視察ツアー2008参加

アルゼンチン?ってどういう国なのって言う人がほとんどだと思われますが、
私は少しながら知っていました。
12年前、アルゼンチン ブエノスアイレス州 ラプラタ市に本拠地を置く
アルゼンチン古豪のサッカークラブ、
Club de Gimnasia y Esgrima La Plata(ヒムナシア ラプラタ)に所属し、
少しの期間ですが生活していました。
アルゼンチンで最も印象に残っているのは実はサッカーではなく
ブエノスアイレスの空港からラプラタ市に向かう車の中から見た光景でした。
(ブエノスアイレスからラプラタ市までは60km。)
屋根のない家や廃墟としかいえないような所に人が生活している風景。
スラム街。
アルゼンチンのパンパと呼ばれる見渡す限りの大草原。
まあるく見える地平線。
その中でのんびりと放牧している牛。
当時高校一年の私には相当のカルチャーショックでその光景がアルゼンチンの印象となっていました。

アルゼンチンは地球の裏側なので日本は冬でしたがアルゼンチンは夏で、時差も日本と間逆で12時間の違いでした。

今回の視察ツアーで視察する農場が主に次の3件です。

●パラグアイ イグアス移住地

●アルゼンチン バラデーロ農場

●アルゼンチン アンデス移住地
長谷川くんと現地の人達
     
 

パラグアイの大豆選別場
     

パラグアイ イグアス移住地
「非遺伝子組み換え大豆と日本のアイデンティティー」


まずはじめに行ったのアルゼンチンの隣国
パラグアイのイグアス移住地の農場です。
イグアス移住地は1936年に始まる日本人のパラグアイ集団移住でできた町の一つです。
日本とパラグアイは移民協定を結んでいるので年間8000人までの移民をパラグアイ政府は許可しているそうです。
今ではもはやそんな人はいないといいますが、
当時の日本は戦中戦後の貧困の中にあり、
そんな中、この地で一旗揚げようと出稼ぎ労働者としてやってきた人たちが、
現在の日系移民の一世の方々なのです。
その数はパラグアイ全体で8000人。
このイグアス移住地だけでも200世帯850人の日系人の方々が暮らしているそうです。
初期に入植した人たちの苦労は相当なものだったらしく、
チェーンソーなどがない時代に斧で一本一本木を切り、
ジャングルを切り開き、この移住地を作っていったとのことです。
その後も日系移民は、不耕起栽培と呼ばれる新しい農法の開発や大豆の輸出ルートを確立したことにより、
パラグアイ社会に大きく貢献し、現在も農業で奮闘されています。

イグアス移住地で大豆畑は25000haでその中でAURORAと呼ばれる非遺伝子組み換え大豆畑は500haでたった2%だけでほとんどが遺伝子組み換え大豆です。
コストのかかる非遺伝子組み換え大豆よりも、
低コストで収量が安定して獲れる遺伝子組み換え大豆を生産するほうが良いに決まっている。
さらに生産すれば生産するだけ売れる世界情勢なのだから・・・。
わずかながらでも非遺伝子組み換え大豆を、
日本のため、
ギアリンクスのために
生産してくれているということ、このことも忘れてはならないと感じました。

イグアス移住地には「日本」が多く感じられました。
中央公園の鳥居、日本語学校、イグアス太鼓工房、居酒屋、ラーメン屋、
そして、我々ツアー一行の歓迎式典では日本食と和太鼓演奏で、もてなしてくれました。
日本から遥か遠いパラグアイ・イグアス移住地で生活されている日本人は、日本人としてのアイデンティティーを継承していっていることがわかりました。


アルゼンチン バラデーロ農場
「まあるい地平線と地球環境」


ブエノスアイレスからバスでの移動。
4、50分するとブエノスアイレス市街を抜けアルゼンチンの広大なパンパの中を走っていました。
地平線がまあるく見えるあの光景です。
ああ、また見渡す限りの大草原だ! いや違う。
これは、見渡す限りの大豆畑だ!

アルゼンチンの首都ブエノスアイレスから北へ約140kmに位置するのがバラデーロ市にあるバラデーロギアリンクス農場。
第一農場200ha 第二農場345ha 計約545haで、穀類生産を有機栽培にこだわって行っていました。
もちろん農薬、化学肥料を一切使わず、肥料は有機肥料を使用。
もちろんリスクはあるそうですが、日本のため、岐阜のため、安全な食糧を届けたいということから有機栽培にこだわっていました。

2008年のアルゼンチンは干ばつに見舞われているそうで、
パラグアイの大豆に比べて確かに育成は良くないと、
見た目でも感じ取れるくらいで、とうもろこしも同じく被害を受けていました。
バラデーロ農場の管理人、日系人の石川さんによると
今年はアルゼンチン全土で干ばつだそうで、ここ数年干ばつの周期が少しずつ早まっているのを感じるそうです。
昔は5年に1度くらいだったそうですが今では4年、3年に一度干ばつが来る。
そのようなことからも穀物の価格高騰が続いている、また、さらなる価格高騰の原因になっているのだろうとおっしゃっていました。

地球環境の変化、地球温暖化の影響なのか、日本の裏側の国アルゼンチンでも影響が出始めていることが良くわかりました。
特に、見渡す限りの大豆畑の中で、見渡す限りの大豆が穀物が地球環境の変化によって育成不良を起こしている。
食糧危機が迫っているのではないかと少し怖さも感じました。
そのことを目の当たりにするとかなりの不安を覚えるのと同時に
これからの地球のあり方、人々の生き方など大げさではありますが、
日本のように狭い視界の中では考えられなかったことが、この広大な土地の中に入ると自然と沸いてくるようでした。
パラグアイの見渡す限り大豆畑
     
 


アルゼンチン、アンデスの甘ーいぶどう
     

アルゼンチン アンデス農場
「アンデスの厳しい環境と甘〜いぶどう」


次に我々一行が向かったのがここから約1,000km離れたアンデス山脈のふもとのアルベアール市にあるアンデス農場です。
アルゼンチンの東の端から西の端まで東西横断約1000km13時間の旅です。
次の日の朝にアルベアール市に到着しアンデス農場を視察しました。

アンデスギアリンクス農場 600ha アンデス移住地は現在4家族の日系移住者が暮らしています。
ここはかなり少数の日系移住地となっていますが
その理由として土壌にかなりの塩分が含まれているのです。
しかも、気候が乾燥で少雨。穀物栽培はほとんど無理でしょう。
今現在はぶどう、もも、すもも、洋ナシなどを栽培して
現金収入を得ているそうですが、かなり厳しい状況だそうです。
というのもアルゼンチン政府は穀物優先の農政ですから
なかなか果物はお金に換えにくいのだそうです。
しかもアンデス移住地の地理的な不利もあるそうで、
輸出しようにもブエノスアイレスまで約1000kmと輸送コストがかかりすぎ、
しかもブエノスアイレス港の使用料がかなりの高価らしいのです。
チリの港までは約400kmですがアンデス山脈越え、そして国境越え。
こうなると果物を作ってもやはり近くの都市でしか販売できない。
そうすると価格は安くしか買ってもらえないと不利なことばかりだそうです。

アンデスギアリンクス農場の米さん一家のぶどう畑を見せてもらいました。
この地方はワイン用のぶどうの産地で
ぶどうの栽培には非常に適した土壌だそうです。
四季のはっきりとした温暖な気候で
特に降水量の極めて少ない乾燥した長い夏と
豊富な日照量と昼夜の気温差が時には20℃近くと非常に大きいことで
糖度の高い良質のぶどうを収穫できるのだそうです。
しかも、有機栽培で安心。
日本のぶどうの糖度はせいぜい20度ですが
こちらではワイン用のぶどうがなんと糖度26度です。
半信半疑、私も一粒試食してみました。
あま〜い!!本当に甘いのです。
今までに食べたことのないぶどうの甘さ。
これは食用でいけるのではと思いましたが
アルゼンチンでは食べることはないそうです。
日本人なら喜んで食べそうなのに。
日本への輸出はというと先ほども述べたとうり、地理的な不利など多くの問題があるそうです。
ちなみにワイン用のぶどうは1kg15円ほどでしか売れないのだとか。
ワインも1リットル30円というのがアルゼンチンの価格です。

ギアリンクスは日系移住者への手助けをするという理念もあり、
出来ればアンデス農場で何か新しいものを日系移住者の方々と作り出したいと考えています。
バラ油、ローズヒップティー、にんにく、果物を使った100%ジュースなどなど。
にんにく事業は実際少しずつ進行しており、そろそろ輸入されてくるのではないでしょうか。
また、私の所属する岐阜中津川蒸溜蔵ではアンディーヴ・グラッパ44°を販売しています。
グラッパというのは、そもそもぶどうの絞りかすを発酵させたアルコールを蒸留して作る、ぶどうの香りを程よく残す美酒です。
中津川蒸溜蔵ではチコリの根っこを使用して作っていますが、
アンデスでは上質のグラッパを作ることが出来るのではないでしょうか。
アンデスのふもとで有機で育てた糖度の高い良質のぶどうの絞りかすを
アンデス山脈の伏流水を使用して、日本から遠く離れたアルゼンチンで暮らす日系人の方が作った本場のグラッパとして。
もし、こういうことが出来るのなら少しでも協力して行きたいと思いました。



私は、サラダコスモ入社するまでは、ひとつ 武器を持っていました。
それはサッカーです。高校、大学とサッカーで過ごしてきました。
しかしながら、これから社会人になろうとするとき、
その武器は役立たないことがわかっていたし、これからどのように生きていくかを考えなければならなかったのです。
その時考えたのが、今までは本当に自分のやりたいことをして生きてきた。
多くの人に支えられて。特に両親は何不自由なく、すべて自分のやりたいようにさせてくれました。
しかしこれからはそのように生きていけるわけもないことぐらいわかっていたし、
その人たちに少しでも恩返しがしたい。
だけども直接恩返しができるような仕事などなく、
出来るならば社会貢献度の高い仕事、
また同じような考えを持った企業で働くことで間接的であり、
自己満足的なところもありますが恩返しが出来るのかなと考え、サラダコスモに入社を決めました。

日も暮れてあたりが暗くなると車窓からはピカッ ピカッと黄色い光が見え出しました。
そう、その光は蛍なのです。
以前、内田新哉さんの「おなじ星を見ていた〜ギアリンクスの架ける虹」のほたるの海という画では、
ほたるの大群が畑の中からうわーと出てきている、あたりが蛍の光で明るいのを想像していましたが、
しかし、今年は干ばつの影響もあり大群というわけには行きませんでしたが、
それでも畑の中からぽつぽつとではありますが蛍が舞っていました。
日本ではきれいな水辺で蛍が見えますが、こちらでは、畑の中で蛍が見えます。
それは、畑が、土壌が、化学肥料などで汚染されていず、自然そのままであることが読み取れます。
蛍や昆虫にとっても安心。
そんな土壌で育つ穀物、それが本当の安全、安心なものではないのだろうかと感じました。


〜アルゼンチンの車窓から〜 私が見た光景は、南米の大自然の中で不可能を可能にしてしまうまでの情熱と
大きな志を持った人たちの戦い。そしてそこから私自身のこれからの歩むべき道が見えたような気がしました。

 
アルゼンチンの教会
     


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