「一斎先生こんにちは」Vol.10 シェアカフェ「HYAKKEI」
“非常勤店番”丹羽さんが“移住&農的暮らし”のススメ
アドバイス受けて移り住んだ人も
佐藤一斎のふるさと、恵那市岩村町は人口4500人。歴史と風格のある町ですが、ご多分に漏れず、減り続けています。でも「生き方」を説きながら、「この町に移り住んで」と熱心に活動を続ける人がいます。
丹羽健司さん、72歳。
丹羽さんが「家主兼非常勤店番」をする古民家喫茶が町の中央にあります。店名は「シェアカフェ HYAKKEI」。「HYAKKEIは漢字にすると『百経』。お百姓の百、経験や経度緯度の経。多くの個性や能力を見えない糸でつなぐ店」と丹羽さんは言います。
そのコンセプトを知ってか知らずにか、いろんな人が来店します。丹羽さんが「移住」や「農的暮らし」の実践者兼アドバイザーであることを知る人は相談を持ちかけます。
丹羽さんは元・農林水産省の職員。56歳で早期退職し、築120年を超える妻の実家を改装。2019年にカフェを開きました。名古屋市の自宅との2拠点暮らしの中で、移住促進の活動をしています。
岩村では、店主を務めながら、裏の広い畑を耕したり、花を育てたり、五右衛門風呂の薪を割ったり、ニホンミツバチの養蜂にいそしんだり。常時、期間(泊まりがけ)または時間限定の店主を募っており、応募者は店頭に立ちながら、丹羽さんの指南で農作業や山仕事、物販などをして新しい環境に慣れていきます。それは、移住となりわい探しに向けた予行演習。HYAKKEIはそんな場として機能しています。
丹羽さんは言います。「要は『自分の暮らしは自分でつくろう』ということ。その手触り感が大事」
中山間地の岩村町には受け入れ可能な空き家や農地があり、丹羽さんの仲介で移り住み、飲食店を開いて軌道に乗せた人もいます。「鉄道駅や医療機関、金融機関、警察があって、岩村は便利で安全な町。HYAKKEIに来てヒントをつかんでもらい、移住や2拠点暮らしの手助けができればうれしい」
農水省時代、丹羽さんはコメの輸入自由化に反対し、健康な山づくりのために間伐と地域経済の振興を結び付ける「木の駅プロジェクト」を発案した異色の職員でした。退職後も各地を回って普及に尽力した情熱家です。
一斎の言、「人は各(おのおの)能(のう)有り。器使(きし)すべからざる無し。一技一芸はみな至理(しり)を寓(ぐう)す」。意訳すれば「あなたを生かす場所は必ずある」。丹羽さんは「移住にも通じる」と言います。
シェアカフェ「HYAKKEI」(百経)の外観。明治時代に建てられた大きな古民家=恵那市岩村町

裏庭にたたずむ丹羽さん。オープンガーデンとして「来る人は拒まず」

















