「なかつがわ今昔物語」Vol.10 映画「青い山脈」①
「戦後新時代」の到来告げた青春ドラマ 中津川市と恵那市でロケ
ホープ俳優たちが爽やかな恋演じる 沸き立った1957年8月
「なかつがわ今昔物語」はこれまで9編を紡いできました、節目の10編目からは、サラダコスモ創業の地・中津川の将来を展望する視点で、「青い山脈」について、4回に分けて掘り下げてみましょう。
「青い山脈」という言葉から、みなさまは何を連想しますか。
69年前の1957(昭和32)年、中津川市と隣の恵那市は大いに沸き立ちました。映画「青い山脈」(東宝)のロケがあったからです。
原作は昭和を代表する大衆小説家の一人、石坂洋次郎さん(1900~86)の同名小説。太平洋戦争の敗戦から2年近く後の47(同22)年6月から4カ月間、朝日新聞に連載され、その年の12月に出版された単行本はベストセラーとなりました。
「青い山脈」が描いたのは、新しい人間像でした。
昭和の戦前・戦中は重苦しい時代でした。
日中戦争と太平洋戦争では300万人を超える国民が戦闘と空襲被害などで犠牲となりました。敗戦の玉音放送があった45(同20)年8月15日を境に社会が一変し、この小説は新しい時代の到来を、若者の爽やかな恋愛と新しいモラルの物語として描き出しました。連載のスタートは、「日本国憲法」施行の翌月。平和と民主主義の新風を運び入れました。
中津川市と恵那市でのロケは、その10年後の57(同32)年の8月。日本中が本格的な高度経済成長に突っ走ろうとする時代で、雪村いづみさん(当時20)、司葉子さん(同22)、宝田明さん(同23)ら伸び盛りの若手俳優たちが主役となった夏の盛りの撮影現場は、連日黒山の人だかりとなりました。

青春映画「青い山脈」の一シーン=中津川市、写真はいずれも篠田敏政さん提供

撮影現場には大勢の市民が詰めかけた=中津川市
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「一斎先生こんにちは」Vol.6 明知鉄道岩村駅
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